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【外食×外国人採用事例】「お前らうさんくさいんちゃうか?」からミャンマーで5名採用! 外食初特定技能受入、外国人社員約20名の先進企業事例

企業・担当者情報

・会社名:株式会社ヒロフードサービス

・業界:外食×外国人採用事例

・受け入れ国籍:ベトナム、ミャンマー、インドネシア、モンゴル、台湾など

・受け入れビザ:技術・人文・国際業務、特定技能特定活動46号インターンシップ

・会社概要:大阪を中心に大阪王将のフランチャイズを展開。約20名の外国人社員が勤務。


・担当者:井上様

・役職:代表取締役社長

・創業時から大阪王将のフランチャイズをメインに展開。外国人雇用を始めて自らが感じた課題解決に向けてクリーンな形での外国人雇用を進める。
現在は、一般社団法人大阪外食産業協会(以下、ORA)の外国人雇用委員会の委員長も務め、外食分野での外国人雇用を先導する。

インタビューワー

株式会社Funtoco│CEO 西沢翔太郎COO 山本将人

井上さんと西沢

がっつり握手?をする井上さんと弊社代表西沢

創業期〜経営者としての気づき

–井上さんよろしくお願いいたします!!

おう!よろしく!


–まずは井上さんの会社概要と沿革を簡単に教えていただけますか?

大阪王将のフランチャイズをメインに事業を展開しています。 20歳の頃に1年だけ会社員として働いて、その後独立。

独立当時はいろいろありましたが、毎月70万円の返済義務があり、そりゃもう大変で、店に寝泊りしながらめちゃくちゃ働いた。 今はデリバリーとかが当たり前だけど、当時は全然やっているところがなくて、地域で初めてやったりいろいろトライした。 働きまくって少し余裕ができて、車を買ったんだけど、乗る暇は全然なくて(笑)
車庫に入っている車を眺めて、この車は絶対売らないぞ!と気合入れて頑張るみたいな感じ(笑)


–すごい。。どのタイミングで店舗を拡大していこうとなったのですか?

今の本社の建物の買取をする時にもいろいろあったけど、そのタイミングで銀行などからも話があって、 そこからラーメン屋を出店して、それが行列のできる店になったりして、勢いづいた。
それがきっかけで王将の店舗を次々にオープンして行った。 フランチャイズの本部から社員の人が来たりして、アメ村や千日前など立地がいいところにも出店ができた。


–拡大フェーズですね。

そのタイミングくらいで、元々自分が理系ということもあり、IT分野に進出してみようとチャレンジをした。 開発の人を雇って、どうにかシステムを開発して、ホリエモンとかみたい感じで一気にいってやろうとイメージをしてた。 IT系の社長や!みたいな感じで(笑)


–そんな時があったのですね(笑)ITはうまくいったのですか?

いや!それが全然。ITは開発までに時間がめちゃくちゃかかる。どうにかシステムの特許を取ろうとしたけど一足遅かった。 大手会社が一足先に特許を取ってしまって、どうにもできなくなってしまった。 元々ずっと飲食でやってきたので、BtoCのビジネスは経験があったけど、BtoBのビジネスの経験がなかったのと コストは上がるけど、売上が上がらず苦しい時期だった。
飲食の方の社員も社長がどこを目指しているのかがわからないの退職したりとかがあって、 かなり苦しくて、底の時代だった。そのタイミングで変わるきっかけとなったのがORAだった。


経営者としての気づき〜初の外国人採用

–おぉ。ITでうまく行かずのタイミングでORAだったのですね。

ITはやめて、店舗の拡大も一旦ストップして、原点回帰をするようになった。 ORAを通じていろんな飲食店の経営者に会うようになって、人生観が変わった。 ずっと叩き上げの料理人としてやってきて、料理の師匠はいたけど、飲食店の社長との繋がりはほとんどなかった。
そんな時にORAの食事会で繋がった四国の企業の経営者に招待されて、徳島に行った。 前日にFAXで、当日の予定がきて、実際に行ったら、バス停で社長さんが待ってた。 食事して、会社案内されて、ビデオとか観て、おれずっと「?」状態だった、この人何がしたいんやろと(笑)
ただ、そのあとメールや文通などをして、経営者として勉強をするように言われた。 その当時の俺は会社や社員への不平不満なども言ってるような感じで、20歳から自己流でやってきたけど、経営者としての勉強が足りてないことを教えてくれた。


–なるほど。変わるきっかけだったのですね。

そこから経営理念やきちんと人をマネジメントをすることなど、めっちゃ勉強した。 四国の企業の経営者から大阪の経営者を紹介してもらって、その人からもたくさん学んだ。俺を怒ってくれる人がこの人だけだった。 本当にいろいろ学んだ。何が幸せなのかとか謙虚さが大事であることとかすごく学んだ。
ずっと自己流でやってきたところから、させていただくという謙虚な部分を大事にしていくようになった。 私腹を肥やして満足するタイプではなかったし、その中で自分の中での幸せは何かということを本当に考え抜いた結果、「周りを幸せにすることが幸せ」というところに行き着いた。
人それぞれ幸せの感じ方は違うけど、俺の場合は、お金を稼いで嬉しいというよりは、周りが幸せそうにしているのが、1番幸せを感じる。 俺はそれを見つけたけど、幸せは人それぞれでいいと思うし、それを見つけてその幸せの追求するのが人生なのかなと。


初の外国人採用〜技能実習/特定技能

–学びが深いです。。外国人採用をどのタイミングで始めたですか?

元々はベトナム専門の行政書士の方からベトナム人の提案があった。 紹介から採用まで1年かかった。

当時は日本人の社員が一時的に辞めてしまうタイミングあって、そのタイミングで留学生のアルバイトがドバッと増えた。 その時は外国人メンバー向けのマニュアルとかも徹底されてなくて、お客さんから接客に対してのクレームがめちゃくちゃあった。 それではまずいとなって、社内の仕組みづくりと同時進行で、外国人メンバーを束ねられるような社員の雇用として、ベトナム人の社員の雇用を検討した。 当時は全く在留資格とかも知らない状態だったし、技人国のビザがどういうものなのかも100%ではわかってなかった。

その子を受け入れる前日にある知人に「その子、日本に来るためだけに入社しただけで、すぐやめるよ」と言われた。 来日の当日に、空港まで迎えに行って、家まで送り届けたんだけど、その子が逃げるのかという不安と疑いがあって、家の前にずっといた。 その自分が嫌だった。自分の中で人を信じるというのが信条としてあったのに、それと行動が伴ってないと感じる部分があった。 結局その子は真面目に今も働いていくれていて、今はマネージャーとして活躍しているんだけど、入社してしばらく経った後、日本に来るため150万円くらい借金をしてきていたことがわかった。
そんなの聞いてないぞ!となって、なんかよくわからないし、悪いことをしているわけではないのに、おれが悪に手を染めているんじゃないかという感覚があった。 それはまずいぞとなって、現地に調査しにいくかとなった。


–おぉ。そこからベトナムに行ったのですね。

行政書士の人がお金を抜いているんじゃないかといろいろ考えて聞いたりしてもわからなかった。 行政書士の人はきちんとやってたし、じゃあもう1人採用をしてみようとなった。
その子が問題なく入国して、しばらく経った後に、在留資格認定書をもらうタイミングで追加でお金を取られてたことがわかった。訳がわからないし、そんなん許せない。 じゃあ、認定書を紙で現地に送るのとかをやめて、IDで送ったりとかいろんな方法を考えたけど、俺にはそこを変える力がなかった。
どうしたらいいかを考えて、1人で行動するよりも、業界団体として、つまりORAとして行動できないかと考えて相談をした。 相談した結果、じゃあいくぞ!直談判しかないやろ!となって自民党本部に行った(笑)
そこで、ちょうど就任したばかりの外食産業室の室長になった方と出会った。


–すごい展開です(笑)

それまで外食でのビザはグレーな部分もあった。 ただ、外国人が外食で働ける環境は必要だと感じてたので、じゃあ技能実習制度がいいんじゃないかと思って行動した。 技術移転を目的としているのであれば、外食産業で日本の食文化を浸透させるのが1番筋が通ってていいじゃないかと。 そこからORAとして技能実習を受け入れるための登録などを進めて行ったんだけど、ここでもいろいろあって(笑)
進まなくなったんだけど、あるイベントであった議員さんでビザ関係に強い方がいて話をして、 繋いでもらって、関係者と話す機会があった。結論、技能実習の団体を作れるような流れにはなったんだけど、そのタイミングで特定技能の話が出てきた。


–おぉ。そこで特定技能の流れが出てくるのですね!

国としては、特定技能を進める方向だったので、じゃあ特定技能で進めようとなった。


特定技能〜外国人採用拡大フェーズ

–技能実習で進めようというところから一転、特定技能で進めようとなったのですね。

いろいろな背景はあるけど、国がちょうど特定技能の制度を検討しているタイミングで、外食でも特定技能を分野に入れていこうと検討していたので、ORAとしても特定技能に外食を推していこうと。
国の制度とかはきちんと業界の声を下から上げていかないといけない。 ただ、大手の会社さんだったら1企業で声をあげても影響力があるけど、うちのような中小だと限界がある。
だからこそ、ORAとしても外国人雇用委員会できちんと活動して、 1企業としても外国人雇用を積極的に進めて、影響力を上げていけるように事業も拡大していこうとなった。


–おぉ。すごい。特定技能制度の話が出てきて、外食でも特定技能ができるように働きかけ、実現。そしてそれが大きく進むように業界団体としても会社としても推し進めていく。

せや。ここからが本当に大事なところ。外食産業というものを確立していく必要もある。
企業のグローバル化が進んでいると言われてて、日本の企業も大手を中心にそうなっているけど、外食の中小に関しては本当にこれから。 少子高齢化が進んでいる日本で、日本の食文化というものは誇る部分がある。世界の中で日本というものを発信していかないといけない。

もちろん言葉の壁と貨幣価値の違いというのは大きい。言葉の壁によってコミュニケーションが難しい部分もある。

また、貨幣価値の違いが日本で働くモチベーションになるということもある。 いろんな捉え方があるけど、こういう変化の時だからこそ、うちのような小回りが効く中小でどんどん事例を作っていくべきだとも思っている。


–ありがとうございます。まさにその事例づくりを井上さんの会社で実践されている。

特定技能の外食の第1号がFuntocoから紹介してもらったベトナムの方。


–おぉ。テレビなどにも取り上げられてて活躍がすごいです!今は何名くらいの外国人社員の方がいますか?

20名弱。この規模の会社ではかなり多いと思います。ベトナム、ミャンマー、インドネシアなどです。


–すごい!まさに先進事例!ビザの種類も様々ですよね?

技術人文国際業務、特定技能、特定活動46号、インターンシップ、留学生のアルバイトなど様々です。


–ほぼ全部ですね!井上さんの会社が外食での外国人雇用の縮図のような感じですね。

まさにそう。それを目指している。
技人国もきちんと会社でのキャリアステップがあり、役割やチームなどが明確で、きちんとやればできる。


–外食でも技人国でビザを取得できるというのはまだあまり知られてないですね。

これは何度も入管に行って、行政書士の方とも相談して、会社の仕組みなどもきちんと作って、 やるべきことをやり、きちんと準備すれば国も認めてくれるということ。


–技人国では学部との整合性が問われます。

じゃあ外食での専門分野はなんなんだって話。明確なものがない。 専門との整合性が合わないからというのは、外食分野では理屈が通りづらい。 だからこそ、会社の仕組みの整備やなぜ受け入れる必要があるのかを明確に示していく必要がある。


–ミャンマーの4人もそうでした。5人申請して、最初にビザの許可が下りたのは1人だけでした。

そう。その後何度も入管に行って必要性と会社の仕組みや全社で取り組んでいることなどを直接お伝えした。


<昨年5月に井上さんらにミャンマー現地に行っていただき、現地で面接会を実施。 5名の内定者が出て、今現在、5名全員がビザを取得し、入国。キャリアアップを目指し、日々奮闘中>

ミャンマー面接

ミャンマーでの面接風景。この2名は内定し、現在大阪で就業中。


ミャンマーでの家庭訪問

ミャンマーでの内定者の家庭訪問をし、ご家族にご挨拶


ミャンマーでの家庭訪問

家庭訪問先での集合写真


–僕らも正直厳しいのかなと感じてましたが、井上さんんは一切諦めてなかった。

何度も行って、必要な資料も出して、それから入管から再申請をしてくださいと言われて、再申請してやっと許可が下りた。
これは本当に大きい成果だと思う。大手企業でなくても、きちんと会社での必要性と仕組み、会社での取り組みができていれば、 外国人を受け入れることができる。


–本当にすごい!井上さんがいなかったらあの5人は日本に来れてないです!特定活動46号も初ですか?

そう!Funtocoの紹介してくれた方がうちで初めての特定活動46号で日本でもおそらく初じゃないかな?外食での46号は。


外国人採用拡大フェーズ〜新たな課題

–まさにパイオニアですね。様々な国の外国人を雇用することで感じることはありますか?

社内に多様性が生まれて、いろんな考え方ができるようになるという部分はある。 あとは、やはり言葉と文化の違いはどうしてもある。
特に外国人のメンバーで、日本での生活経験が短いと母国での習慣とかが強いので、日本の飲食店で働く基礎的なところは、 日本人のアルバイトの子たちよりもしっかり教えていかないといけない。


–なるほど。その他にもありますか?

あとは、うちのようにいろんな国の人が働いていると、外国人メンバーだけでお店を回すときとかがある。 その時に、どうしても言葉の壁が大きくなってしまって、コミュニケーションが難しくなる時がある。

例えば、ベトナム人2人とミャンマー人1人でシフトに入ってて、ベトナム人2人はベトナム語でやり取りできるけど、 ベトナム人とミャンマー人では、どちらも母国語ではない日本語でのやりとりになる。
こうした場合にどうしてもコミュニケーションが難しくなる。 日本人がいれば、また違ってくるけど、外国人メンバーだけ、という時のコミュニケーションはこれからの課題ですね。 国籍をバラバラでシフトに入ってもらったり、いろんな取り組みをしているところです。


–そうなんですね。外国人雇用を先進的に行われていて、社内の外国人比率が高いからこそ、一歩先の課題に直面されている気がします。

まさにそうやね。日本人のアルバイトと外国人社員とでもコミュニケーションが難しかったりする。 仕事の上では、外国人社員の方が経験もあって仕事を知っているけど、日本語能力だとどうしても日本人に劣る部分がある。 技術や経験は外国人社員の方が上だけど、日本語のコミュニケーションの部分でどうしても伝えたいことが伝わらなかったりする。 これは双方の努力と理解がまだまだ必要な部分だと思う。


–受け入れの最初は日本人と外国人のコミュニケーションが課題で、受け入れが進むと外国人同士のコミュニケーションも課題になってくる。

あと、宗教の違いというのもどうしてもあるね。 豚肉NGの人、牛肉NGの人というのももちろんいるからそこは配慮が必要。 インドネシアの女性でヒジャブを被った方の受け入れ当初はどうなるかなと思っていたけど、問題なく馴染んでいる。 日本人もどんどん慣れてきている部分がある。
外国人社員が仕事を覚えてどんどんレベルアップしてきた時に、違う国の人に仕事を教えるというのが、やはり難しい。 さっき言った、日本人アルバイトと外国人社員のケースもそうだけど、個々で成長スピードも違う。この部分がまだ難しい。


–確かにですね。これからの取り組みで今考えていることはありますか?

いろいろあるけど、今は店舗も増やして大阪の中心部以外にも出店して行っている。 海外から初めて日本に来る子たちはまず中心部以外の店舗でまず仕事をきっちり覚えるのと日本の生活に慣れる。 そこから、レベルが上がってきたら中心部の忙しい店舗とかに移動してキャリアアップしていくというのも今考えている。
地方で働くことによって、外国人の人がなじみやすかったり、地方創生にもなったりする。 そういう循環していく形ができたら非常にいいかなと。


–なるほど。非常に面白そうですね!

あと、日本でこの先ずっと働いていくという人はどうしても少ない。 だからこそ、きっちり仕事を覚えてキャリアアップして、稼いで帰国してもらって幸せになってほしい。 あとは、帰国してからお店を出店して、そこに出資や投資をするというのも非常に面白いと思う。 日本で学んだことを活かして、現地でお店を作って、ビジネスを作ってくれたら面白い。 それで日本のあの会社で働いてよかったなと思ってもらえたら、自己満足かもしれないけど幸せだよね。


–素晴らしいですね!

あと特に東南アジアの国々は、サービス業で人件費が安いというのとかいろいろあると思うけど、とにかく店に従業員が多い(笑)
うちにきて、まず驚くのはこの少ない人数で切り盛りするのかというところ。現地では人が余っていることがほとんどだけど、日本ではそういう状況はほぼなく、少ない人数でいかに効率よくできるかが大事。こういう部分もきちんと学んでもらって、母国に帰ってからも活かしてほしいと思うよね。


確かにです!話が変わるのですが、井上さんはなぜ僕らとミャンマーに行ってくださったのですか?

最初はあれやな、

「お前らうさんくさいんちゃうんか?」

って聞いたな(笑)


–はい(笑)今でも鮮明に覚えてます(笑) そのあとオフィスに行ってお話をさせてもらいました。

そやね。若くして、海外とのビジネスをやってて、変に染まってほしくないなという気持ちがあった。 あとは、出来上がっている会社は、持っている強みをいっぱい出してきて、横綱営業みたいな感じで面白くない。 今の外国人紹介の仕組みがベストであるとは思ってないので、世の中を変えてくれる人が必要だと思っていて、そこに期待したし、している部分はあるよね。

俺がこれは信頼できるなと思ったのは、ミャンマーに初めて行った時、空港着いた後に、食事をして会計で、 俺がお金を渡した時に普通に受け取って会計した。その時にこいつら信頼できるなと感じた(笑)
あそこで、いや大丈夫です!払います!みたいなことしてきたら帰ったろうかと思ってた(笑)


–ありがとうございます(笑)あの時は井上さんが初めてミャンマーに来てくださった方で、どうしていいかわからずだったのが正直なところです(笑)

もちろん事業の進み具合とか会社によっていろんなやり方はあると思う。 ただ、外国人の人材紹介は一歩間違えば、人身売買になってしまう。
外国人からお金を受け取ってそれを接待に使っている会社とかもある。 そういうのだけは許せない。クリーンな形で全員が幸せになるようにしていかないといけない。


–本当にそうですね。ミャンマーはどうしたか。

やっぱり行かないとわからないことがたくさんあるから、採用をするなら見ておいた方がいい。 顔に塗るタナカとかはインパクトがあるよね(笑)


ミャンマー日本語学校

ミャンマーの日本語学校で即興の日本語授業をする井上さん


–タナカ(笑) 確かに(笑) 最後にこれから外国人を受け入れていく会社にアドバイスなどはありますか?

今、外国人を受け入れるための教育システム作って、受け入れ体制を作っている。 もちろん大切だけど、肝心な働く外国人がいないのに仕組みばっかり作ってもしょうがない。 日本人側が理解したところで、結局働くのは外国人。外国人と一緒に働きながら仕組みを作っていかないと意味がない。
だからこそ今弊社では事例作りも兼ねて、どんどんチャレンジをしている。 会社ごとにそれぞれ違うから、各会社が試行錯誤をしていかないといけない部分ではあるけど、 早めに受け入れをしてどんどんトライアンドエラーをしていくしかない。 僕らもそこが進むようにできることはどんどんしていく。


–間違えないですね。ありがとうございます!

こんなもんでいいか?笑


–はい!引き続きよろしくお願いいたします!!

おう!よろしく!


井上さん写真
インタビューを終えて

「お前らうさんくさいんちゃうんか?」と衝撃の一言から始まった井上さんとの出会い。そのあと、外食業での外国人人材に関して無知な我々に何度も教えてくださり、ミャンマーへ行く意思決定もすぐしていただきました。そうして、現地で面接、内定を出していただいた後に待っていた、ビザ不許可。そこでも井上さんは一切諦めずに何度も入管との話し合いを重ね、再申請で無事取得。文字でお伝えするのが難しいのですが、本当に歴史が動いた瞬間だと感じています。

外食業で外国人雇用の最先端を走る井上さんとは、現在ORAの外国人雇用委員会でも一緒に取り組みをさせていただいており、これからの外食業での外国人人材の活躍がクリーンな形でもっと広がるように尽力しています。

井上さんとお会いしたことがある方はわかると思うのですが、このインタビューの内容は実際の1/3くらいしか文字にできておりません。(笑)
それくらいアツい。そして本気な方です。事例紹介だけではなく、井上さんがなぜ現在このような活動をしているのかの背景もわかるような非常に貴重なお話をありがとうございました!

井上さんなしでは外食業で弊社の取り組みはなかったと思っております。本気で感謝しつつ、1企業の経営者として、そして日本の外食産業での外国人雇用を本気で進めていくリーダーとしての井上さんとともに、外国人が働く環境や仕組みを整えられるように、誰よりも全力でやっていきます!